できるようにするということ
- erico tsumori
- 2025年5月30日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年6月6日
文字が連なると音で読む、という話をしました。
〈★こころで聞く音〉
それは、時にとても疲れることでもあって 「読めない」ことは場合によって、悲しみにも苦しみにもなる。
音と意味がまとまらなくても、読み進めないことには 出発点にさえ立てなかったりします。
学校も職場も、行政の諸手続きも言葉でいっぱい。
人ひとりがささやかに生きるにも、大変な情報量を扱わなくてはならない。
"生きづらいのであれば、音で読むのをやめる練習をして対処しましょう。"
そうした対応を取ることも、選択肢の一つです。
一語一語を取り出して、明快な意味を当て、
論理構成と併せて「理解して読む」練習を続ければ、 きっと、ある程度読めるようになる。
でも、
音で読む心と身体がそれをやめたら、私は何を感じるだろう?
私の友人の木彫家は、文章全体を「像」で読む。
ページを写真を撮るように記憶して、後から取り出して読むという。
彼から、像で読む感覚を取り除いたら、彼は何を感じるだろう?
「できないこと」を「できるようにする」とは
どの範囲から、どう捉えるかで受けとめ方はだいぶ変わる。
"何か"ができない時、別の"何か"ができていて
できることで、できないことが補えることもある。
そして、一人で全部を、できなくていい。
もって生まれた感覚がひらかれていく方法を、共に編み出していく。
誰かの手を借り、まなざしを借り、時に背中をおしていただいて。
お互いに、そうやって、まわっていく。
そういう星に、私たちは生きているのだから。
---------------------------------------
『道すがら』
play of praying - sounds in silence -
発行日 2025年 5月13日
発行所 かぜたび舎
Online STORE
*
A book is born.
Some once told me that making a book is like becoming a bridge.


コメント